若宮正子さん(86歳・女性)

若宮正子さん

生い立ち

1935年4月に生まれ、物心つく前から戦争一色の中で育ちました。小学校に入学する前から日本は開戦していて、爆撃なども経験しながら少女時代を過ごし、9歳のときに最後の学童疎開児童として親元を離されて山奥に行きました。充分な食事ができず飢餓を体験するなど大変な思いをしましたが、終戦後は比較的普通に過ごすことができ、高校卒業後は銀行に就職しました。

よく「若宮さんはなぜ大学に行かなかったんですか?」と尋ねられるのですが、当時の日本は女性が大学に進学するということはあまり一般的ではなかったんですね。高校に行くか行かないかを悩むといった雰囲気で、大学に行くといったことを考える人はあまりいなかったと思います。

職業生活について

高校卒業後の18歳から定年まで銀行に勤めました。当時のオフィスワークは、紙幣を指で数えたり、そろばんで計算したり、お客さんの通帳の表紙に手書きで文字を記入したりといった、江戸時代と変わらないような仕事でした。仕事が遅かったため先輩達からは「まだ終わらないの?」とよく叱られていましたが、機械化やコンピューター化が進むにつれて次第に叱られなくなりました。どんなに作業が早い人でも機械より早いということはないですから。

よく「若宮さんはなぜそんなにコンピューターにご執心なの?」と尋ねられるのですが、機械やコンピューターは私にとって恩人のようなものなのです。

世界最高齢のアプリ開発者へ

81歳のときに「hinadan」、85歳のときに「nanakusa」というアプリを開発しました。

「hinadan」の開発によって世界最高齢のアプリ開発者として、にわかに有名人になりました。もともとプログラマーではありませんでしたので、たくさんの方々にわからないことを質問して、聞いて聞いて聞きまくって大騒ぎして開発することができました。

若い人達はアプリ開発というと即プログラミングという風に考えてしまいがちです。「コーディングができないからアプリは作れない」という声をよく聞きます。

しかし、プログラミング自体はプロに依頼することもできますし、最近は様々なプログラミングツールが登場したことでノーコードでもアプリ開発できるようになるなど、プログラミングそのものはどんどん簡単になってきています。

現在の子ども世代が大人になる頃にはアプリ開発するのにコーディングなどは必要ない時代になっているかもしれません。

面白いアプリを作るにあたってはプログラミングよりもむしろ、“何のために” “どういう目的で” “どういうアプリを作りたいのか”という部分の方がはるかに大事です。

例えば映画を作りたいと思ったからといって撮影ばかりして映像をいくら増やしても映画にはなりません。何のためにどういう映画をつくるのかという部分こそが大切であり、それに即したシナリオがあって初めて映画を作ることができると思うのですが、それとまったく同じことです。

小学校でプログラミングを教えてほしいと求められることもあるのですが、それをやるとプログラミングだけを教えることになってしまうのであまり好きではないのです。

もちろんプログラミングを全く知らないとアプリを作ることはできないのですが、それだけに終始するのではなく美術も音楽も国語もあらゆることが大切ですし、様々な体験をすることが大事です。 何かを作りたいと思うこと、作りたいもののアイデアを思いつくことは、人工知能にはできない、人間にしかできないことです。それこそが最も大切なものなのです。

最高齢アプリ開発者として突然 有名人に

81歳のときにアプリ「hinadan」を開発したことで、世界最高齢アプリ開発者として突然に有名人になりました。そのため普通の人がめったに行けないようなところに行ったり、めったにお会いできないような方にお会いできることもあるので、そういった自分が得たものを多くの方々に伝えるために、国内外での講演会、執筆、ライブ、その他もろもろの様々な手段で情報発信をしています。

2019年は国内外で184回の講演会を行いました。2日に1度という壮絶なペースで講演会をしていたことになりますね。新型コロナ・ウィルスが感染拡大した2020年は主にzoomでの講演会を行っていました。

2018年にはニューヨークの国連本部に招かれて演説したこともありますし、2021年には国連人口基金においてオンラインで演説しました。

また私が執筆した「老いてこそデジタルを」という書籍は2回増刷になるなど売り上げが伸びているようで、その他にも多数の書籍を出版しているので、お金が入ってくるようになりました。出版で稼いだお金は、お金がなくて難儀しているNPO法人に寄付して活動資金として使ってもらっています。

エクセルアート(創作活動)

エクセルは「コンピューターとは何か」を理解するために重要なソフトなのですが、シニアにエクセルを教えようとすると敬遠されがちです。そこで「楽しい入門編」として手芸の好きなシニア女性向けに『エクセルアート』を創案しました。

『エクセルアート』とは、エクセルの「セルの塗りつぶし機能」や「罫線の色付け機能」を使って自分だけの模様を作る創作活動です。エクセルアートで作った模様を布地に印刷して裁縫が得意な友人に衣装を作ってもらったりしているほか、作成した模様で団扇を作るワークショップも国内外で行っています。

『徹子の部屋』(テレビ朝日系列のトーク番組)に出演したときは、ちょうどクリスマスの時期でしたのでクリスマスツリーのデザインのブラウスを作って着ていきました。

園遊会に招かれたときは、自作のエクセルアートを基にアイロンビーズとLEDライトを組み合わせて作ったピカピカ光るハンドバックを持っていったところ、当時の皇后陛下(現・上皇后陛下)がご興味をお持ちくださって、このバックを話題にしてお話をすることができました。

VRについて

VRはリハビリなどを始めとしてさまざまな用途に使われ始めていますし、これからの時代は交流の手段にもなっていくと思います。とても興味を持っているので、これから教えてもらって始めていくつもりです。興味があったらさっさとやっちゃう、面白いものを楽しむということが好きです。

「年寄りだってやればできる!」

インターネット上に展開する高齢者の交流サイト「メロウ俱楽部」で副会長を務めています。メロウ俱楽部は「年寄りだってやればできる!」をモットーとしていて、小学生から90代まで幅広い年齢構成で楽しくやっています。活動をしていて気づいたことは、70代の終わり頃までにデジタルアレルギーをなくした人は、90歳を超えてもデジタルを使いこなすことができるのだなということです。

インターネットを社会のインフラに 誰一人取り残さないデジタル改革を

日本のシニアの方々にデジタルを使いこなしてもらうためには、デジタルが役に立つ素晴らしいものだということを知ってもらうのが大切だと思います。テレビや新聞などの報道では、ネット・トラブルやインターネット上の事件などネガティブな面が取り上げられることが多い一方で、ポジティブな面が取り上げられることは少ない傾向にあります。そういった理由もあってか、デジタルを使用することについて「手抜きをするために機械で間に合わせるのだろう」という印象を持つ人もいます。

しかしデジタルを活用すると、人手をかけていた時よりもはるかに迅速に、よりきめ細やかに寄り添うことが可能になります。デジタルは決して冷たいものではないのです。むしろ人のささやかな善意を生かして役立てるようなことにも手を貸してしてくれる優しい存在なのです。 日本のシニアの方々に伝えたいことは、70代80代は育ち盛りの伸び盛りということです。決してあきらめないで、潜在能力を無駄にせず生かせるように過ごしてほしいなと思います。