わたしの生い立ち

私は、広島県で平井家の第一子として生まれました。

外科医で職人気質の父と、専業主婦の母という一般的な家庭であったように思います。

幼少期の私はいつもニコニコしており、笑顔の絶えない愛嬌のある子供だったと両親から聞かされています。3歳から5歳は外科医である父の留学の関係でボルドー(フランス)にて幼少期を送りました。異国の文化に触れる貴重な機会であったと感じています。

わたしの進路と挫折

6歳で帰国し、小学校受験をし、国立の小学校・中学校に進みました。今思えばここが人生で一番明るかった時期かもしれません。勉強が嫌いで興味がもてなかった私は高校受験に失敗しました。これを機に両親や、親戚ともうまくいかず、つらい日々を過ごしました。

その後、大学受験を機に上京し、大学の法学部に進学し、法律と出会いました。法律が好きだった私はそのまま弁護士を目指して大学院に進学しました。進学した大学院の教授の影響で企業法務に興味をもち、大学院を修了すると同時にIT系の企業に入社いたしました。

現在は法務部のマネージャーを勤めています。

すべてに恵まれた大学時代

大学ではいい友人たちとの出会いに恵まれ、とてつもなく充実した時間を過ごすことによって、明るかったころの自分を取り戻せたような気さえしました。本当に1秒1秒がかけがえのない時間で、もう一度この頃に戻りたいといつも考えています。学生としてはあまりまじめでなかったですが、好きだった法律の勉強をし、無事大学院に進学しました。大学でのさまざまな出会いを通して、閉ざされた文化圏である島出身の両親の下で、世間とは少し違った考え方のもと育てられてきたんだということと、自分は生きていてもいいんだということを実感しました。

人生で一番辛かった大学院時代

「自分の好きな法律知識を生かした仕事に就きたい」そんな浅い目標を掲げてとんでもないところに入ってしまったなと感じます。私が進学した大学院は法務研究科という、いわゆるロースクールでした。ここは法曹を目指す人たちが通過点として修了する研究科であるため、勉強についていくのがかなり大変でした。先輩や同期に助けられながら修了することができました。ここで法務博士を取得できたことが自分の人生の大きな節目であったと思います。

大学院での一番の収穫は、実際の法廷での法曹の役割をロールプレイ形式で実践する「模擬裁判」という実習科目で、民事裁判を題材に弁護士としての仕事を疑似的に体験したことでした。結果として、「裁判は自分に合わない」と感じました。この出来事と、企業法務を中心に活動されている教授や企業の法務部に就職した先輩らの存在が自分の興味を企業法務へと導きました。

運命的な「リーガルテック」との出会い

自分が就活をしようとしていた時に、ふとリーガルテック分野についてのニュースをみました。内容は“文書改ざんをテクノロジーが暴く“という内容で、そのニュースを見たときに得体の知れない感覚に陥りました。それと同時に、自分が模擬裁判で疑似体験した証拠収集の大変さをテクノロジーで解決できるんじゃないかと感じました。「そういったリーガルテック業務に法務的観点から携わりたい」ということをエージェントに話した際に紹介されたのが、「AOSリーガルテック株式会社(現:リーガルテック株式会社)」でした。しかも、AOSはまさに自分が見ていたニュースで取り上げられていた会社だったのです。

当時私は、就業経験はもちろん、アルバイト経験も面接を受けた経験もなかったので、面接対策に自分の親戚で人事・採用担当経験のある人に片っ端から電話して、「ここの面接に絶対受かりたい。受かるために、レクチャーしてほしい。」と頼み、対策を練りました。無事採用いただくことができました。

新卒で就職 1人総務部から法務部へ。そして未来へ

入社時の配属先は、「総務部」という1人部署でした。業務内容は契約法務・機関法務といった法務業務のみならず、証拠調査・ドキュメントレビュー業務などサービスに関する業務も行いました。

この会社の最大の魅力は、法務業務にとどまらず、フォレンジック調査や社内不正調査、ディスカバリといったさまざまなリーガルテックビジネスに当事者として携われることでした。AOSの法務は、“法務はバックオフィスではなく、事業部と並走でもなく、事業部と一体となって案件を動かしていくべきである“という法務の姿勢を教えてくれました。法務を大切にし、育ててくれる会社に入ったことは自分の成長に大きく影響するターニングポイントだったように感じています。

私は法務の役割というのは、企業が孕むリスクを適切に洗い出し、コントロールできるようにすることだと考えています。事業部と一体となって、実際に目で見ないと適切なリスクコントロールをすることはできません。そういった姿勢で仕事をしていると、その姿勢を評価していただき、新卒で入社して1年8カ月で法務部を設立し、マネージャーに就くことができ、部下も4名もちました。「総務部」から「法務部」へ。両親や友人、同僚、恋人も非常に喜んでくれたのを覚えています。

現在、法務部のチームは、さまざまなリーガルソリューションの設計・開発に携わり、日本のリーガルテック市場を変えるような大きな挑戦をしています。法務という立場にありながらこういった挑戦ができるのはAOSならではだと思います。これまでの法務のイメージをガラッと変えるような、革新的な企業だと感じています。

わたしのライフストーリー これまでをふりかえって

いつも周囲の人間に助けられる、出会いに恵まれた人生だったと思います。

自分の人生振り返ってみると、この両親のもとに生まれてきて幸せだったと感じます。

これから両親や友人、恋人、会社の人たちなど、これまでの人生で自分を助けてくれた人たちに恩返しができるように頑張りたいなと感じています。

いい人生でした。この人生を与えてくれた両親への感謝を記して結びの言葉とさせていただきます。

ではまた次の節目でお会いしましょう。

法律と遺言について