宮崎敬子さん

「生い立ちと家族。そして…」

生い立ち

私は東京都に誕生しました。

誕生した時、私は出産予定日より2か月早く誕生しました。通常、その場合は粉ミルクで栄養分を補給するのですが、私の母は自分の乳を毎晩冷凍し、毎朝、病院に届けていたそうです。私はそんな母の愛情によってすくすくと育ちました。

上に兄が二人、そして下に妹が一人。4人兄妹の三番目、そして長女としてこの世をスタートさせました。私の家族は6人家族です。父は税理士として懸命に働き、母は子どもたちの習い事費用を稼ぐため、パートとして働いています。そんな子ども想いの両親が築き上げた家庭で育ち、自由に、やりたいことを挑戦できる環境があります。

節目と致しまして

私は今、岐路の真ん中に立っています。というのも現在は大学4年生、22歳です。今までの人生、「とにかくやってみる」、この精神で生きてきました。ただ、そこにはすべて決められた期間内のうちはやってみるという、ゴールが見えていました。例えば、小学校では書道、水泳をやってみる。中学、高校ではテニスをやりたい!大学では、色んな人と関われる文化祭の実行委員をやりたい!このような期限です。実際に大学の文化祭では新たなイベントを企画・運営し、副委員長も務めさせていたいだきました。毎日が大変だったけど、充実して楽しかったです。

座右の銘

私は今まで期間が決まっている学生だったので、そのうちにやりたいことは何か?そして、その中で最大限やり切る。そう決めていました。だからこそ、なんでもやってきました。

「百聞は一見に如かず」この言葉を胸にやってきました。自分が見聞きしたことを大切にしたい。それがいつか自分の大きな財産になると考えているからです。毎日楽しく、自分から積極的に楽しんでいました。

今の私

しかし、最近の私は、自分がいないようです。なぜだかわからないのが不安です。今の私はこれから社会に出ようとしています。

「私らしい生き方とは何だろう」常に自問自答の日々です。

私には、夢があります。

それは、世界から戦争を、争いを無くすことです。

私には、過ごしたい自分像があります。

それは、常に楽しく、笑顔で過ごすことです。

私には、なりたい自分がいます。

それは、自分が自分を大切にしていること。

世界はまだまだ知らないことが多い。私はこのまま社会人、サラリーマンになって良いのだろうか?毎日を「エキサイティング」「ワクワク」した気持ちで過ごすこと忘れずに生きることが大切に生きていきたいと。何があってもこの気持ちは忘れずに生きたいものです。

将来について

私は、子どもたちに自分の経験を話して、「なんでもできるんだ」ということを伝えたいです。私が実際に体験したこと。自分の目で見てきたことだから語れることがある。「百聞は一見に如かず」の精神ですね。私はまだまだ知らないことが多いです。今まで学生という守られた立場でしか世の中で過ごしたことが無かった。だから今の私は、これから社会に飛び込む私が不安なのも当たり前です。学生という立場で守られている私は「やってみよう」とすぐ決めたらすぐに後ろを考えずに行動していました。初めての登山もいきなり富士山に行くくらいです。行くと決めたら行く。やると決めたらやる。独学で三線を弾いてみたり、本当に些細なことですがやりたいと思ったことはやってきました。

正解がない。

だからおもしろい。

人生は常に分岐点。その上で、自分のこれからの物語にどんな道を作っていくのか。まだまだこれからの自分を作るために、自分ができることを一生懸命やる。今は多くの人と出会って、多くの価値観を知って、自分の糧にする。そして自分のできることを増やしていく。今の私にできることを全力でやること。それが私のやるべきことだと考えています。

今はまだ、このライフストーリーに掲載していただくほどの経験量が足りていないですが、若者の一声だと感じとっていただけましたら、幸いです。

この度、こういった機会を提供していただき、とても貴重な経験をありがとうございます。自分自身を振り返ると同時に、これからの未来。そして自分自身について見つめるとても良い時間になりました。並びに、拙い文章にも関わらず、最後まで目を通していただきました方、誠にありがとうございます。私の文章から何か貴方様にとって良いきっかけになりましたら、私も大変嬉しく思います。

そして、この出会いとご縁に大変感謝して、終わりのご挨拶とさせていただきます。


写真について:2019年8月スペイン トレド アルハンブラ宮殿にて
こちらの写真はコロナの脅威に侵される前に行くことのできた海外旅行です。とても良い景色ですよね。連れて行ってくれた祖父に感謝しております。

法律と遺言について