東京都文京区本郷の弥生美術館にて、「田村セツコ展 85 歳、少女を描き続ける永遠の少女」と題した田村セツコ先生の個展が開催され、盛況のうちにその会期を終えました。 我が国の女性イラストレーターの草分け的存在であり、80 代の今なお人気を誇る田村セツコ先生に、お話を伺いました。

昭和 13 年、東京都目黒区にて 4 人きょうだいの長女として生まれたセツコ先生。 1956 年のデビュー以来、「カワイイの体現者」として熱狂的な人気を博しています。 作品のみならず、ご本人もいつもはつらつとして、かわいらしくおちゃめ。 今回は弥生美術館の個展にて行われた貴重なインタビューの様子をお届けいたします。

セツコ先生のこれまでの軌跡を振り返る1階展示スペース


まず弥生美術館の 1 階は、「過去のセツコ先生」を振り返る展示スペース。 代表的作品をはじめとしたイラストの数々や、一世を風靡した「セツコグッズ」など、65 年間の軌跡をたっぷりと味わえる空間でした。

猪熊弦一郎先生に師事。「絵は基本が大切」と教わった日々。

―――――絵はどのように勉強されたのですか?

セツコ先生:
最初は猪熊弦一郎先生の研究所に通って、「絵は基本が大切」ということで、デッサンなどを行っていたのですが、ヌードモデルの方がいらっしゃるのに、なんだか気恥ずかしくて、首から上ばかり描いていたら、注意されたのですよ。
「せっかくモデルさんがいらっしゃるのにもったいない。」と。それで、ヌードモデルの方の全身を描いたのですが、とても緊張していました。リアルな絵とデフォルメされたイラストは一見 違うようにも見えますが、イラストを描く際にも、身体の造りなどヌードクロッキーを描いた経験を思い出して、とても参考になりました。

リアルな写実画デッサンで学んだことを、少女雑誌のイラストへ。そのアレンジには苦労しました。

―――――学生時代に絵の勉強をしてらっしゃらなかったのに、こんなに描けるようになるのはすごいですね。はじめはどのような苦労がありましたか?

セツコ先生:
学生時代には絵の勉強はしていませんでしたが、女の子はみんな、「お姫様」の絵を描いたり、当たり前にお絵かきをしていましたよね。
リアルなクロッキーの絵を学んだ後、少女雑誌で求められるイラストに変えていくため、デフォルメするのが難しくて苦労しました。例えば頭を大きくして等身を変えたり、目を大きくして顔のパーツの比重を変えたり、とかですね。少女漫画家の先生方って、キャラクターの目を大きく描きますよね。お顔の半分が目だったり。なので私も負けずに目を大きく描いて、「びっくりまなこ」にしていました。

―――――キャラクターの目を「『の』の字」のようにするデザインを思いついたきっかけは?

セツコ先生:
松本かつぢ先生の絵が好きで、かつぢ先生にお手紙を書いて弟子にしてもらいました。師事した当初は、かつぢ先生の絵に似せて真似して描いていたのですが、いつまでもそれではいけないということで、試行錯誤してアレンジをしていきました。とにかくたくさん、暇さえあれば描いてるうちに、「『の』の字」みたいな目のデザインにたどり着いたのです。

当時の作品。試行錯誤してたどり着いた「『の』の字」の瞳の少女たち。

―――――イラストの世界観は夢いっぱいですが、締切はいきなり現実的ですよね(笑)

セツコ先生:
本当にそうなのです。イラストはふわっとしたファンタジーの世界のように見えますが、現場はハードボイルドなんです(笑)
仕事の依頼がなかった頃の記憶がありますから、オファーは基本的には断ることはできませんでした。しかし締切の交渉をしなければならないときもあります。締切を伸ばしていただくのは勇気がいるけれど、「本当に、この、この日だと無理なんですけど、なんとかなりませんか?」と汗をかきながらお伝えして。すると発注してくださった方も慣れていて「先生、そこをなんとか!」とおっしゃる(笑)
最終的には、お話をして、お互い歩み寄って決めていましたね。

額に汗する当時のご様子をジェスチャーでお見せくださったセツコ先生。エピソードの切迫感とは裏腹に、そのしぐさはとてもチャーミングでした。

ライフワークのひとつ、ポプラ社の絵本の挿絵シリーズ

―――――名作童話に関しては、すでにいろいろな方々が挿絵を描いていたと思いますが、あくまでもご自身のイメージを膨らませてイラストをお描きになったのでしょうか?

セツコ先生:
鋭いご質問です。イラストを手掛けた童話の多くは海外の物語でしたから、リアルな、かっこいい系統のイラストが多かったような気もしますが、自分の中で少女物風にアレンジしたかもしれません。
不思議の国のアリスなんかは、「怖さ」もあるストーリーですから、読者の方々に怖がられすぎないようにアレンジしたかなと思いますね。

―――――たくさんの作品がある中で、特に印象に残る作品は?

セツコ先生:
全部ですが、やはり苦労した作品でしょうか。例えば、こちらのハイジが階段を登っているイラストは苦労した記憶があります。というのも、このシーンは、ハイジが自然に溢れるアルプスの山を離れて、都会暮らしをした結果、夢遊病になってしまう場面なんです。
普段はハッピーなイラストを描いていますから、心理的な不安などはあまり描いたことがなくて。インスピレーションを求めて、図書館で名画や海外の絵本を見たりなんかしてね。

セツコ先生が描いた「アルプスの少女ハイジ」の挿絵。アニメなどで知られる元気いっぱいのハイジのイメージとは異なり、都会暮らしのストレスで病気になった様子が、やや前傾した立ち姿とブルーの色遣いで表現されている。

恥ずかしいと思っていた過去の作品を愛してくれる人の言葉—「不要な向上心」

セツコ先生:
私が「昔の絵はデッサンも下手だし、恥ずかしくて、見てたらこう、描き直したくなっちゃう」と言ったんです。
すると、ある人が「その絵が好きだった当時の私はどうなるのですか?」とおっしゃって、私は「あ!それは気が付かなかった」と。すごい名言よね。
「堂々とした達者な絵なんか、女の子たちが見たいでしょうか?」とおっしゃる方もいて。
自分としては、「もっと良くしよう」、「もっともっと」と、その意欲が正しいと思って描いていくのだけれど、
それは「不要な向上心」なのだと気付かされたんです。
私が自分では最も恥ずかしいと思っている昔の作品のキャラクターを、とても愛しいと思 ってくださっている方々がいる。ついつい「恥ずかしいから見ないで」とか言っちゃうけど、それは好いてくださってる方々に失礼なのよね。

「現在のセツコ先生」をテーマにした2階展示スペース

大正ロマンを感じさせるレトロな雰囲気の階段を登ると、2 階は「現在のセツコ先生」を表現した展示スペース。 イラストのみならず人形など立体作品も展示され、セツコ先生ならではの世界観に存分に浸ることができる空間でした。

コラージュ人形のスカートを手に取りながら、「1 階はカワイイ女の子、階段を登ってきたら、2 階は白髪のおばあさん、あらま、びっくり」と語るセツコ先生

才能は誰にでもある、自分で気づいていないだけ。

―――――コラージュ作品を作るのは、ちょっと難しそうにも見えますね。

セツコ先生:
どこにでもある材料とボンド糊があれば、ぜんぜん難しくない、簡単に作れるのよ。
私の教室にも、最初は「絵が苦手で」とおっしゃっていたにも関わらず、いまや個性を発揮した作品をバリバリ制作している方がいらっしゃって、すごいの。

「ここに展示されているのは書き損じや下絵、普通は捨てちゃうものだけれど、実は人気なのよ。」と語るセツコ先生。

旅先の海外で集めた“かけら”の数々

―――――このガラスケースの中の品々は何ですか?

セツコ先生:
これは各地を旅行したときの“かけら”です。将来は旅先の記憶を辿った絵本を描きたいの。 パリやなんかのリアルな都市ではなく、おばあさんの想像を交えた、海外の体験記を。とても楽しみなの。
移動するのが好きなのよ。電車に乗って窓から景色が見えるとすごくいい気分。
目や耳に入ってくる情報をシャワーのように浴びているの。

2 階中央のガラスケースの中には、セツコ先生が海外を旅行した際に集めたものが展示されています。

レトロな風情の漂う館内カフェ「夢二カフェ港や」に場所を移して、セツコ先生の魅力にさらに迫ります。
桜を臨む2階席の一角は、大正ロマンの店内の雰囲気とあいまって、セツコ先生のかわいらしい佇まいを可憐に彩ります。

絵を描き始める瞬間は、19 歳の頃から変わらず、どきどきしています。


―――――65 年以上描いてらっしゃって、絵を描くということが「生きる」ということと同じくらい長く続いてらっしゃると思います。絵を描き始めた最初の頃と、現在と、紙に向かうときの気持ちは変わっていらっしゃいますか?

セツコ先生:
あまり変わっていないですね。いまだに毎回、用紙を用意して、鉛筆を握ったときは、19 歳のときと同じように、「初めまして」「えぇ、どうしよう」という気持ちで、絵を描き始める瞬間の感じ方は、ずっと変わらないですね。

紙があって、筆や絵の具があって、描けることがとても幸せ。


―――――何年 経っても新鮮な気持ちで、新鮮な感動を与えられる絵を描き続ける秘訣はありますか?

セツコ先生:
まずひとつは、私は特に美術学校とかは出ていないので、いつも新米とか新人という気持ちが抜けないから、新鮮な気持ちが保ち続けられるのかもしれませんね。
もうひとつは、目が見えて、手が動いて、鉛筆を持てることが嬉しい、という気持ちが基本にあります。紙があって、筆があって、絵の具があれば、最低限それがすごくラッキー。それらが使える、それが仕事だということがすごくありがたい。描いているときは 19,20歳と同じ気分で描いていて、それがどういう評価をされるかとか展覧会で絵が売れたりとか、そういうことのために描いているのとは少し違うの。 ある絵描きさんで、経済的には成功し、モデルのような美しい妻を得た方もいらっしゃるのですが、自宅でサロンを開いたりパーティを開いたり、いろいろと忙しくなって、絵を描く時間がとれなくなったみたい。勝手な想像ですが、それはもしかしたら幸せではないのかもしれない、とも思います。絵が上手になって有名になって人気があって展覧会で絵がバンバン売れてお金持ちになって、幸せになった、という人は、一人もいません。周りを見渡して、それらがすべて叶った人は、一人もいないようなの。

―――――今回の個展の 3 か月間で、新たな発見や印象的な出来事などありましたか?

セツコ先生:
思いがけない出会い、皆様とお会いできること、生身のお客様と接することが本当に嬉しく、原点に返ることができます。この仕事を始めた頃の心細い気持ちを抱いていた自分に、「よかったね」と伝えてあげたい。
遠方からお越しくださった方が涙を浮かべてくださったり、細かいことを話さなくても、全然知らない人と自然とハグしたり、そういう出会いがいっぱいあって。
貴重な体験をさせていただいたと思います。

―――――例えば何らかの理由で、今のようには絵が描けなくなるなるようなことになったら自分は何をするだろうと考えたことはありますか?


セツコ先生:
私はなんでもできるというわけではなくて、自分の原点は絵を描いたり、立体を制作したりすることが好きなの。ですから、動けなくなったり寝たきりになったりしたら、かごにいろんな道具を入れて、「寝たきりになったときに描く絵本」というものを描く。“ベットサイド・パラダイス”ですね。旅行記もそうですが、毎日毎日降り注ぐものを片っ端から描いていく。 「誰かを元気づける」とかそういう意識をもって描くのではなく、自然に描いた結果、例えば同じように寝たきりの境遇にある方が見てくださって、「私と似ているな」と感じてくださったりだとか。そういうのもいいなぁと思いますね。

びっくりすることばっかりのおばあさんの日常は、さながら「不思議の国のアリス」

―――――何が起こるかわからない未来、不安になったり逃げ腰になる人も多く、セツコ先生のように何が起きても自然体で素直に捉えて生きるにはどうしたらいいでしょうか?

セツコ先生:
今年の 2 月に新しく出版した「85 歳のひとり暮らし ─ ありあわせがたのしい工夫生活」にも書いているのですが、おばあさんになったら、転んだり、白内障で世界の見え方が変わ ったり、詐欺師に騙されたり、一寸先は何が起こるかわからない日常。まさに「不思議の国のアリスじゃん!」と。
「不思議の国のアリス」は、次々に唐突にいろいろなことが起こるから、昔はそのエネルギ ーについていけないなと感じていました。でも歳をとってみたら、世界的な有名作品になるのがよくわかる、と思うようになったのです。
そこで「白髪の国のアリス」と銘打って、おばあさんの冒険の日々を表現することを始めたんです。
人間にとっておばあさんになることは初めての経験だから、いわば冒険なのだけれど、おばあさんになったら次は「死」が初めての経験。死の国に行ったら、どうなるのかわからない、死んでいるのか生きているのかもわからなくて、「なにこの世界」と。でも、それも冒険。 それを楽しみにしたいけれど、でもそのときに自分はもういないのかもしれないですね。

「おばあさんにとって、次なる初体験は『死の世界』」という前向きな死の解釈についても述べられた、セツコ先生の新刊「85 歳のひとり暮らし ─ ありあわせがたのしい工夫生活」(興陽館 より 2023/2/15 刊行)

―――――最後にみなさんにメッセージを。

セツコ先生:
人間という面白い珍しい動物に生まれたことに感謝して、ぜひエンジョイしてくださいね。 人間っておもしろいから。

~田村セツコ先生直筆サイン入り書籍プレゼントキャンペーン実施中~

【応募方法】
応募フォームに、本ページの感想文、ならびに必要事項をご記載の上、ご応募ください。
▶応募フォーム:https://forms.gle/67wSJnkfHgsfYXc28

ご応募いただいた方の中から抽選で4名様に田村セツコ先生直筆サイン入り書籍をプレゼントいたします。

【応募要項】
◆応募期間:2023年5月31日23:59まで
◆形式:自由な形式。文字サイズ・フォント等も自由です。(※文字のみを使用し、画像、動画等は使用しないでください。)
◆文字数:100字~500字程度
◆当選者の発表:当選結果はプレゼントの発送をもってかえさせていただきます。
◆個人情報の取扱について:ご応募いただいた個人情報は、JAPAN MADE事務局株式会社の「個人情報に関する取り扱いについて」(https://www.japanmade.com/privacy-detail/)にのっとり、厳重な管理のもとプレゼントの発送やマーケティング目的で保存・利用いたします。

たくさんのご応募お待ちしております!