早稲田エルダリーヘルス事業団

歩行能力とは立っている状態から継続的に歩行可能かを指す能力のことをいいます。主に病気の後遺症や老化によって能力が低下するため、能力の維持には適切な歩行分析と、リハビリ手法の選択が求められます。しかし病院において全ての検査を同じ人が行うということはできません。そのため結果の解釈に個人差が生まれ、リハビリ手法の選択に支障が出ることがあります。この個人差による検査結果の違いをなくし、利用者にわかりやすく自身の歩行について説明するため開発されたのが「AYUMIEYE」です。今回はそんな「AYUMIEYE」を開発した早稲田エルダリーヘルス事業団様にお話をお伺いしました。

企業理念

我々のグループ全体としては「健全性への貢献」が企業理念です。社会の健全性に貢献する、従業員の健全性に貢献するということを前提に、高齢者の介護予防をサービスとした尊厳のある老後生活を支持することを目標としています。
そのような中で社名に早稲田が入っているように、早稲田大学スポーツ科学部の先生と産学連携で介護予防の普及を目的に事業を行って参りました。
グループ系列の介護予防特化型のデイサービスが、直営店とフランチャイズ店を含め100箇所ほどございます。少しでも健康寿命を延ばしていただくためにデイサービスを利用していただくのですが、デイサービスに来た時だけ運動するのではなく、自宅で少しでも運動してもらえるような行動変容を起こす仕掛け作りを早稲田大学の先生と研究してまいりました。

社会の動き〜介護から介護予防へ〜

我々は介護予防特化型のデイサービスを運営しているのですが、設立の経緯として2000年の介護保険制度の制度化があります。福祉費の増加による財政圧迫を食い止めるため、介護サービス選択の自由化を図った制度です。しかし、それでも財源の枯渇が認められたため、国が要介護者の増加を食い止めようと予防を制度化する動きがあって、2006年に介護保険制度の見直しが行われました。
この経緯から、早稲田大学の先生方と「介護保険が適用される要介護者を減らしていくことが重要だ」という話になり、介護予防について普及できる会社を設立しました。その時、たまたま我々の施設の近くに医療機器メーカーであるGEヘルスケア・ジャパン株式会社様があり、「加速度センサーを使って簡単に歩行速度を計測できるデバイス開発をしたい」ということで、技術を持つGEヘルスケア様とフィールドを持つ我々とで共同開発して商品開発を行いました。

歩行機能の測定基準

弊社が歩行速度を計測できるデバイスの開発に取り組んだきっかけは、介護保険を適用するか否かを判断するための体力測定指標が、医学界ではエビデンスが確立された指標として使われているものの、現場の事業者さんや利用者さんにとってはいまいちピンとくる指標ではなかったことでした。さらにこの指標は、測定日時によって大きく変わったり、分かりにくい指標もあり、利用者さんが自分で判断する際には特に使いづらいものでした。そこで、国の定めた指標を利用者さんにもわかりやすくするため、デバイスの開発に取り組むことにしました。
例えば全国の横断歩道は秒速1メートルで渡り切れるようになっています。一方サルコペニアという加齢による筋肉量低下を示すラインが秒速1メートルと言われています。そこで、これを切らないようにリハビリを頑張りましょうということができます。すなわち、リハビリの時のゴール設定が明確になるんです。指標とともに自分の歩行をビジュアル化することは利用者さんにとっても事業者さんにとってもわかりやすい指標になると言えます。

歩行機能分析デバイス AYUMIEYEとは

今回私達の部門では「AYUMIEYE」という歩行の測定・分析デバイスを、医療機関へご案内しています。介護事業のノウハウをアピールし、GEヘルスケア様と共同開発して製品化したものを弊社がレンタルしています。患者さんや利用者さんにご自身の「歩き」を意識していただくことで、運動やリハビリのモチベーションアップを狙っています。
また、介護施設では毎回同じ人が測定を担当するわけではありません。測定方法が異なることもあります。そうすると、検査結果にズレが生じたり、結果の解釈にブレが生じやすいという問題があります。そこで、誰が測定しても同じ結果が得られる指標があれば、利用者さんに適切なアドバイスができると考えました。見た目ではわからないバランスやリズムなどを総合的に評価できるようにしています。

AYUMIEYEの特徴

うちは最新のヘルステックを扱っているメーカーではありません。加速度センサー自体の技術が確立されてからの時期は長いですし、モーションキャプチャーも既にさまざまな現場で用いられています。しかし、これまでの機器は高価で、かつ測定結果を活用するためには専門家の解釈が必要不可欠と、一般向けではありませんでした。しかし、AYUMIEYEはモーションキャプチャーを使用しない高精度な歩行分析が可能で、装着するだけで手軽に利用できるため、市場で受け入れられていると考えています。
元々、私たちの会社は介護事業からスタートしているため、最新技術をリソースとして活用しているわけではありません。それでも評価され、受け入れられているのは、既存の確立された技術を、使い勝手の良い商品に進化させたこと、さらにそれが介護施設や医療機関などの現場のニーズに合致した商品であった点にあるのかなと思います。

AYUMIEYEの活用

AYUMIEYEは測定に手間がかからないので、現在、臨床研究のためのデータベース構築を目指しています。歩行は年齢や性別によってパターンが異なるので、これらを歩行の評価基準として活用します。この基準を元にデータベースを構築することで、機器自体の価値もさらに向上するのかなと考えています。
例えば、パーキンソン病の患者さんには特有の歩き方が存在するため、どのような歩行支援をするのがベストか分析したり、他方では、ある特定の歩行パターンを持つ人は認知症の疑いがあることを考察したりすることが出来ます。
まだ漠然とはしていますが、弊社の製品は現代のニーズに合わせて価値のあるデータを蓄積していると感じており、社内ではこのようなブレインストーミングが行われています。

歩行機能ビジュアル化の意義

おそらく、みなさん、ご自身の歩くスピードがどのくらいなのか、ご存じないですよね。私たちが協業させて頂いている早稲田大学スポーツ科学部の先生方の話では、運動をしてもらいたくても、なかなかしてもらえないのが現状だと言います。そこで、歩行機能をビジュアル化することで、運動不足であることを利用者さん自身に意識してもらい、施設だけでなく日常生活でも運動習慣を身につけるきっかけにしてもらいたいと考えています。そうは言っても「運動を始めてください」と指示するだけでは、目標が明確でない限り実行に移しにくいですよね。人はゴールがないと頑張ることって難しいと思います。そこで、ビジュアル化することが必要だと思っています。
さらに弊社の製品では歩行の評価を点数で示せるようにしました。とはいえ、100点満点の歩行というものは存在しません。歩行の根本的な目的は移動して何かを獲得することなので、歩行に障害がある場合には、障害が生じている原因を明確にすることで、それに対する対策や補助具の検討、診断のサポートに繋げられると考えています。

今後の展望

AYUMIEYEの装着は専門知識を必要とせず、専門職ではない人でも簡単に行うことができます。AYUMIEYEを使用する施設の職員全てが専門職の方ばかりではないので、専門職の人でない場合には検査結果の解釈に時間がかかることもあります。しかし、早稲田大学の先生方と一緒に考えた運動プログラムと、AYUMIEYEの結果を併用することにより、行動変容に繋げられるようなものを用意したりもしています。
また、現段階では、AYUMIEYEの装着は1人でやるというものではないので、家庭版は販売していませんが、歩行のほとんどは日常生活のものなので、将来的には家庭での歩行データを収集・蓄積し、体力測定指標としてエビデンスの高いものを提供することを目指しています。
そして、「元気に歩く」をより多くの人がいつまでも実現できるよう、尊厳ある老後の生活を支援していけたらと考えています。